大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)1549号 判決 1981年5月06日
控訴人 国
代理人 川口初男 ほか二名
被控訴人 更生会社エアロマスター株式会社管財人 吉田訓康
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴人は「1原判決を取消す。2被控訴人の請求を棄却する。3訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
二 当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、次のとおり付加、削除、訂正するほか、原判決事実欄記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決四枚目裏八行目「明らかである。」の次に、「これは会社の一般財産が不足して共益債権の完済ができない場合においても異ならず、裁判所は共益債権の弁済に支障を来たすと認められる場合には右の中止の期間を延長したり、処分そのものを取り消すべきである。」を加える。
2 原判決四枚目裏末行目「いうべく、」から同五枚目表一行目「である。」までを次のとおり改める。
「いうべきである。
そもそも租税債権は国又は地方公共団体の存立の財産的基盤をなすものであつて、集団債務処理の法体系の中にあつても常に最優先の地位を保障されている。会社更生法においても、破産法におけるように租税債権を共益債権として位置づけていないものの、特例をおいて右債権確保に万全の措置を講じているのであつて、本件滞納処分の効力を否定することは租税債権確保の点から許されない。殊に、本件更生会社は更生の見込みがなく債務の清算を目的とする会社であるから、破産者と同視すべく、租税債権の公益性、優越性を否定する根拠はない。
また、共益債権の優越性は更生会社の特別の担保財産にまでは及び得ないのと同様滞納処分によつて差押えた特定財産にも及び得ない扱いをすべきである。控訴人は本件更生会社に対し租税債権を有し、右会社からその満足を受けたに過ぎず、法律上の原因ある充当を受けたのであり、これにより本件更生会社の右に対応する租税債務は消滅し、したがつて右会社に損害を与えたことにはならない。また、共益債権者が控訴人に対し、不当利得金の返還を求めるならば格別、管財人が控訴人に対し右返還を求めることはできない。
仮に、本件滞納処分による差押、換価代金の配当について違法な点があつたとしても、右は行政処分であつて、右処分には取消事由があるに過ぎないところ、被控訴人は所定の期間内に異議申立、抗告訴訟を提起しなかつたから、右処分は確定した。そして右瑕疵は重大かつ明白なものであるとは言えないし、本件においては本件滞納処分を容認することが本件更生会社に著しく不当を強いるという格別な事情はないというべきである。したがつて本件において不当利得返還請求権が発生する余地はない。
三 控訴人の主張に対する被控訴人の反論
控訴人の主張はいずれも争う。本件更生会社に更生の見込がないのは事実であるが、会社更生法はこのような場合にあつても、租税債権の弁済方法を右更生手続内で行なうことを前提としているというべきである。また滞納処分による差押は、更生会社財産に対する担保権設定と同視すべきでない。更に、控訴人は、本件租税債権について弁済を受ける地位にないのに公売代金の充当を受けようとするのであつて、法律上の原因がない。そうして管財人はかかる場合財産の回復を求める職務上の義務がある。被控訴人は本件においては滞納処分による差押自体の違法を主張しているのではなく、前記のような財産不足の事情から更生債権たる租税債権に基づいて処分をしたり中止していた滞納処分を続行することが許されなくなり、更生債権たる租税債権の弁済が禁じられる旨を主張しているのである。」
3 <証拠略>
理由
当裁判所も被控訴人の本訴請求は正当であり、本件控訴は理由がないものと判断する。その理由は原判決理由二に次のとおり附加するほか原判決理由に判示するところと同一であるからこれを引用する。
租税債権は国又は公共団体存立の財政的基盤をなすものであるから、一般的に優先権を与えられており、集団的債務処理をなす倒産法の分野においても同様優先権を保障されていることは控訴人の主張するとおりである。しかしながら、租税債権の位置づけは各法規によつて異なつており、会社更生法においてはその優先的地位は保障しながらも更生法所定の目的のために租税債権に対しても私債権に協力すべく制約を加えているものであり、前判示のように解しても法の定める租税債権の地位を不当に害したものとはならない。
もつとも、本件更生会社は本件公売当時にはすでに更生の見込がなかつたことは前判示のとおりであつて、かかる場合には更生を目的としないのであるから破産に準じた扱いをすべきであるとの論も成立ち得ないでもないが、現行の会社更生法は右のような場合においても租税債権の弁済を右更生手続内で行なう通常の会社の更生を目的とする場合と異なつた扱いをすべきであるとの前提をとつているとは解し難く、本件更生会社においても破産に移行することなく、管財人によつて共益債権等会社債務の整理を進めている以上前判示のように解するのが相当である。
共益債権の優先性は債務者の一般財産に対するものであつて、担保財産には及ばないものとされているところ、控訴人は滞納処分によつて差押えられた財産は担保財産と同視すべきであると主張する。
しかしながら、租税債権の優先性は、租税債権を徴収するについて弁済の順位上の優先権が与えられていることを意味するにとどまり、債務者の財産に対して租税債権のために特別の担保権が与えられているのではないと解するのが相当であるから控訴人の右主張は採用できない。
控訴人が本件更生会社に租税債権を有していたことは前判示のとおりであり、公売代金が適法に右債権に充当されれば、右に対応する租税債務が消滅することも明らかである。しかし、本件においては更生会社の一般財産によつて共益債権の全額を弁済することができなくなつた結果更生債権たる本件租税債権は弁済を受け得る地位を失つたにも拘らず、右債権について公売代金の充当がなされたのであるから、それにより更生債権者たる控訴人が法律上の原因なくして右充当分を利得し、その結果第一次的には右配当を受けるべき他の共益債権者ひいては更生会社に損失を及ぼすものであると言うことができる。ところで更生会社の管財人は更生会社の資産を管理して適正に右債権者に弁済をすべき義務があるから、本件更生会社の管財人も右義務に基づいて不当利得返還請求をすることができると解すべきである。
公売代金の充当は滞納処分手続を終了させる右手続中の一処分であるが、処分としては形式的なものに過ぎず、実質は、公売代金を実体法上の額、順位に従つて債権者に交付収納させる行為であつて、差押、公売とは異なり、右配当を受けるべき債権者の存否、額、順位について実体法上の権利関係を確定するものではない。したがつて、滞納処分手続が終了し、国税通則法による不服審査等の期間を経過した後においても(これらの手続は行政上の手続によつて関係者の異議を簡易迅速に解決するものにとどまる)、国が弁済を受け得ない租税を徴収している場合には不当利得に基づいてこれを返還する義務があるというべきである。
したがつて、控訴人の主張はいずれも採用できない。
よつて、被控訴人の請求を認容した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷野英俊 丹宗朝子 西田美昭)